経済全体のパイが大きくならず、不況期が続くと人々の考え方や社会全体は、規制強化・保守化へ向かうようだ。このような流れに対して、過去の賢人も警鐘を鳴らしている。
渋沢栄一氏の「論語と算盤」という著書の中に、不況期の社会に対して警鐘をならすくだりがある。
渋沢栄一氏は、日本実業界の父と言われる人物で、徳川慶喜に仕官、大蔵省にて活躍の後、民に下り、第一国立銀行、東京ガス、東京海上火災保険、王子製紙、秩父セメント(現太平洋セメント)、帝国ホテル、秩父鉄道、京阪電気鉄道、東京証券取引所、キリンビール、サッポロビールなど、500以上の企業の設立に関わった人物である。
同著は昭和2年(1927年)に発刊されたものなので、彼の晩年の著作であるが、当時の社会に対して、警鐘を鳴らしている。時代としては、明治の新しい秩序が整った後、第一次大戦、関東大震災、昭和恐慌、へと向かう、景気低迷の時代である。
以下、抜粋である。
「社会の進歩とともに、秩序が整ってくるのは当然のことであるが、それとともに新規の活動を始めるに多少不便ともなり、自然保守に傾くようなことにもなる。
元より細心周到なる努力は必要であるが、一方大胆なる気力を発揮して、細心大胆両者相俟(あいま)ち、溌剌(はつらつ)たる活動をなし、初めて大事業を完成し得るものであるから、近来の傾向については、大いに警戒せねばならぬ。
近頃青年の間に新しい活気が勃興し、大いにその本領を発揮せんとする傾向を生じたのは、すなわち慶賀すべきことになるが、壮年社会に不活発の傾向が、依然として瀰漫(びまん)するようでは、憂うべきことと言わねばならぬ。
独立不羈(どくりつふき)の精神を発揮するには、今日のごとく政府万能の状態で、民間の事業が政府の保護に恋々たる状の見えるごとき風を一掃し、鋭意民力を伸張して、政府を煩わさないで事業を発展せしむる覚悟が必要である。
また細事に拘泥し部局のことにのみ没頭する結果、法律規則の類を増発し、汲々(きゅうきゅう)としてその規定に触れまいとし、あるいはその規定内のことに満足し、齷齪(あくせく)しているようでは、とても進新の事業を経営し、溌剌たる生気を生じ、世界の体制に駕することは覚束ない。」
抜粋終わり。太字筆者。
時代が流れても、本質は変わらない。「壮年社会の不活発」、「細事に拘泥し、法律規則の類を増発し、その規定に触れまいとし」、と、今の社会を予見しているかのようである。大胆な気力を持っている人と溌剌たる活動、それが今最も求められていることだろう。
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