※なんだかタイトルで、伝えたい意図でない、誤解と解釈があるようなので、変更しました。
2017年、明けましておめでとうございます。
新年、たまたま休暇中に、北米で最も成功しているベンチャーキャピタルの一つである、Kleiner Perkins Caufield Bayers(KPCB)の創業者のTom Perkinsの自伝「Valley Boy」を見つけた。
前に読んだのは10年前なので、一部パラパラと流し読みしていたが、投資家としてなぜ彼らが一流足り得たのか、創業者として、どんな気持ちでKPCBを創っていったのか、改めて心に引っ掛かるとことがあった。
- 1972年、KPCBはTom Perkinsと Eugene Kleinerの2名で創業。US$8Mのファンドを設立。今やビリオンファンドを定期的に設立する彼らも、初めはこのように小さいスタート。それでも、当時としては、このサイズのファンドでハイテク特化のVCとしては最大規模。投資する先は無いんじゃないか、と周りから言われていた。
- 初号のファンドは、ロックフェラー家とHenry Hilman氏(ピッツバーグのビリオネア)から調達。初期のファンドはやはり個人やファミリーオフィスからの調達が中心である。
- 初めたものの、初めの3つの投資はうまくいかない。しかも、起業家側からの売り込みを待てども待てども、電話は鳴らない。暇な毎日。
- しかし、ここからが、KPCBが大きく転換するターニングポイントが来る。本によると、"After three failures, Gene and I changed our strategy. We decided to create our own startups"と転換点を伝えている。つまり、会社に投資をするのではなく(だから失敗する)、自身で会社を創ることを決めた、というくだりである。
- そこから、2社のユニコーン、Tandem ComputerとGenentechを、KPCBのパートナーが創業者兼CEOとなり、自らの手で作り上げる。
- この結果、投資ファンドとして一気にスターダムにのし上がり、Google, Amazon、Sun等、その後のハイテク企業への投資へつながっていった。
将来、投資家、ベンチャー投資家となる人がいたら、是非この部分を覚えていて欲しいと思う。
かつての優れた投資家は、自らの構想を練り、自らビリオンダラーカンパニーを作ることが出来た。KPCBのパートナーはこれが出来た。故に投資ファンドとしても成功することが出来た、と創業者であるTom Perkinsは伝えていてる。
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